The Street of the Four Winds
'Into this cursed Street of the Four Winds, the four winds blow all things evil.'
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続・第78日目日記
<続>
その花はもう長いこと眠り続けていた。
目覚めていたのはもう昔。ずーっと昔。
今はただ、地下深く、光届かぬ地下深く、静かに眠り続けていた。
とてつもなく巨大で、素晴らしく美しいその花は、長い夢を見ていた。
動く者など何一つ無いはずの地下洞窟。
そこを訪れ、花に近づく者があった。
「お起きあれ、花の賢者。
少々、話に付き合って頂きたく」
眠る花に話しかけるのは燃える三眼。
<混沌>と呼ばれる外なる神。
美しく巨大な花は、うつらうつらと揺れながら、小煩そうに<混沌>を見下ろした。
「何用か、千の名を持つ無貌の神よ。
我は眠い。まだ目覚めの刻ではないのだ。
汝の相手などしている余裕は無い。失せよ」
邪険に追い払おうとする花に、<混沌>はおどけた調子で嗤った。
「ハハハハッ!そう言わず!
すぐにお暇致しますよ!
ですからどうか、教えて頂けませんかね?
あの『娘』をどうされたのか?」
巨大な花の中央から突き出た美しき人型の精霊。
うっすらと眼を開けると、じろりと混沌を睨み付けた。
三眼は身を縮めてみせる。
「おお、怖い怖い。
やはり血は争えませんな」
「黙れ、道化」
吐き捨てる花に、<混沌>は大げさに溜息を吐いた。
「いやいや、もう別にちょっかいを出す気はありませんよ。
『黄衣の王』の代行者も完全に手を引いてしまいましたしね。
私はただ、知りたいだけなんですよ。
私の娘でもあるあの異形の仔が、どういう結末を迎えたのか。
死んだ、なんて言わないでくださいよ。
気配はまだ、残っているんですから」
花は薄目で<混沌>を見下ろし、<混沌>は燃える三眼で視線を跳ね返す。
互いに、暫し無言のまま立ち尽くした。
やがて花の精霊は大きく嘆息した。
「あの娘は死んでなどいない。消えたわけでもない。
今は私が匿っている。
それだけだ」
花は口を噤み、<混沌>は花がこれ以上自分に何も話さぬであろうことを察した。
花が匿ったのであれば、もはや娘は花のもの。
干渉することは、花を敵に回すこと。
「……そうですか。
ま、生きているならそれで充分です。
興味はそこだけですから。
これ以上関わって、あなたと戦う気もありませんからね」
「……私は父や兄たちとは違う。一緒にするな」
花はぶっきらぼうに呟き、眼を閉じる。
<混沌>は背を向け、歩き始めた。
「では失礼します。お休みのところ申し訳ありませんでしたね。
娘のことをよろしくお願いしますよ。旧支配者『ヴルトゥーム』」
<混沌>の気配が去る。
花はゆっくりと眼を開き、誰に向かってか、話し始めた。
「……本当は、兄の眷属になんぞ、関わるつもりは無かったのだ。
四風があの植物を介して私のところへやって来た時、私は追い返すつもりだった。
あの娘の姿を見るまでは。
醜い花の子。
美しくはなれない花の子。
だが、不思議かな。
周りの者に美しゅう育てられていた。
醜くはあれど、我と同じく花で構成された存在。
しかし間もなく朽ち果てることが決定付けられていた。
生きてなどいない。生きているように見える造花に過ぎなかった。
本来ならそれで終わりであったろう。
だが、私はあの娘の中に『種』を見つけた。
もしそれが芽吹けば、私はあの娘に『祝福』を与えることを約束した。
種が芽吹くかどうかは賭けのようなものだった。
あの娘には己の生命や未来に対して、諦観があった。
自覚はないようだったが、生きたい、という欲求が欠如していた。
それは己の醜い姿ゆえ、という理由だけではない。
恐らくは、自分自身が作り物であることを、知らず察していたのであろう。
名前という『種』。
それらを与えた者たちに対する産声を、私は確かに聞いた。
産声とは生きたいと願う声。
ここにいるという声。
親を呼ぶ声。
ギリギリのところで間に合った、と言ったところか。
私も造花に与える『祝福』はない。
生きた花ならば……」
花の賢者は、再びうつらうつらと揺れだした。
また眠らなければならない。
まだまだ、目覚めの日は遠い先のことなのだから。
ほとんど眠りに落ちながら。
寝言のように、呟きを続ける。
――私はあの娘を島から引き剥がし。
私の庇護下に置いた。
もはやあの娘は私の眷属でもある。
私と同じ刻を生きることはできないが。
それでも……己の生に満足できるくらいには、長く生きられることだろう。
ただ。
大事な何かを、忘れてしまったようだが……。
娘に会いたければ。
あの島を目指すがいい。
島のそばに、島とも呼べぬ小さな小さな陸地がある。
そこを探すがいい。
娘はそこで眠っている。
風と草花に護られて。
生まれたばかりなのだ。今は眠るのが役目。
幸せな夢を見ながら。
そして待っているのだ。
いつか誰かが自分の『真名』を呼んで、優しく起こしてくれるのを……。
いつまでも、いつまでも。
風に吹かれて。
Fin
目覚めていたのはもう昔。ずーっと昔。
今はただ、地下深く、光届かぬ地下深く、静かに眠り続けていた。
とてつもなく巨大で、素晴らしく美しいその花は、長い夢を見ていた。
動く者など何一つ無いはずの地下洞窟。
そこを訪れ、花に近づく者があった。
「お起きあれ、花の賢者。
少々、話に付き合って頂きたく」
眠る花に話しかけるのは燃える三眼。
<混沌>と呼ばれる外なる神。
美しく巨大な花は、うつらうつらと揺れながら、小煩そうに<混沌>を見下ろした。
「何用か、千の名を持つ無貌の神よ。
我は眠い。まだ目覚めの刻ではないのだ。
汝の相手などしている余裕は無い。失せよ」
邪険に追い払おうとする花に、<混沌>はおどけた調子で嗤った。
「ハハハハッ!そう言わず!
すぐにお暇致しますよ!
ですからどうか、教えて頂けませんかね?
あの『娘』をどうされたのか?」
巨大な花の中央から突き出た美しき人型の精霊。
うっすらと眼を開けると、じろりと混沌を睨み付けた。
三眼は身を縮めてみせる。
「おお、怖い怖い。
やはり血は争えませんな」
「黙れ、道化」
吐き捨てる花に、<混沌>は大げさに溜息を吐いた。
「いやいや、もう別にちょっかいを出す気はありませんよ。
『黄衣の王』の代行者も完全に手を引いてしまいましたしね。
私はただ、知りたいだけなんですよ。
私の娘でもあるあの異形の仔が、どういう結末を迎えたのか。
死んだ、なんて言わないでくださいよ。
気配はまだ、残っているんですから」
花は薄目で<混沌>を見下ろし、<混沌>は燃える三眼で視線を跳ね返す。
互いに、暫し無言のまま立ち尽くした。
やがて花の精霊は大きく嘆息した。
「あの娘は死んでなどいない。消えたわけでもない。
今は私が匿っている。
それだけだ」
花は口を噤み、<混沌>は花がこれ以上自分に何も話さぬであろうことを察した。
花が匿ったのであれば、もはや娘は花のもの。
干渉することは、花を敵に回すこと。
「……そうですか。
ま、生きているならそれで充分です。
興味はそこだけですから。
これ以上関わって、あなたと戦う気もありませんからね」
「……私は父や兄たちとは違う。一緒にするな」
花はぶっきらぼうに呟き、眼を閉じる。
<混沌>は背を向け、歩き始めた。
「では失礼します。お休みのところ申し訳ありませんでしたね。
娘のことをよろしくお願いしますよ。旧支配者『ヴルトゥーム』」
<混沌>の気配が去る。
花はゆっくりと眼を開き、誰に向かってか、話し始めた。
「……本当は、兄の眷属になんぞ、関わるつもりは無かったのだ。
四風があの植物を介して私のところへやって来た時、私は追い返すつもりだった。
あの娘の姿を見るまでは。
醜い花の子。
美しくはなれない花の子。
だが、不思議かな。
周りの者に美しゅう育てられていた。
醜くはあれど、我と同じく花で構成された存在。
しかし間もなく朽ち果てることが決定付けられていた。
生きてなどいない。生きているように見える造花に過ぎなかった。
本来ならそれで終わりであったろう。
だが、私はあの娘の中に『種』を見つけた。
もしそれが芽吹けば、私はあの娘に『祝福』を与えることを約束した。
種が芽吹くかどうかは賭けのようなものだった。
あの娘には己の生命や未来に対して、諦観があった。
自覚はないようだったが、生きたい、という欲求が欠如していた。
それは己の醜い姿ゆえ、という理由だけではない。
恐らくは、自分自身が作り物であることを、知らず察していたのであろう。
名前という『種』。
それらを与えた者たちに対する産声を、私は確かに聞いた。
産声とは生きたいと願う声。
ここにいるという声。
親を呼ぶ声。
ギリギリのところで間に合った、と言ったところか。
私も造花に与える『祝福』はない。
生きた花ならば……」
花の賢者は、再びうつらうつらと揺れだした。
また眠らなければならない。
まだまだ、目覚めの日は遠い先のことなのだから。
ほとんど眠りに落ちながら。
寝言のように、呟きを続ける。
――私はあの娘を島から引き剥がし。
私の庇護下に置いた。
もはやあの娘は私の眷属でもある。
私と同じ刻を生きることはできないが。
それでも……己の生に満足できるくらいには、長く生きられることだろう。
ただ。
大事な何かを、忘れてしまったようだが……。
娘に会いたければ。
あの島を目指すがいい。
島のそばに、島とも呼べぬ小さな小さな陸地がある。
そこを探すがいい。
娘はそこで眠っている。
風と草花に護られて。
生まれたばかりなのだ。今は眠るのが役目。
幸せな夢を見ながら。
そして待っているのだ。
いつか誰かが自分の『真名』を呼んで、優しく起こしてくれるのを……。
いつまでも、いつまでも。
風に吹かれて。
Fin
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